
近年、世界の自動車市場において存在感を急速に高めているBYDは、香港証券取引所に上場しており、個人投資家も株式の売買が可能である。ただし、投資単位は500株で比較的高額になる。例えば2025年4月17日時点の株価・為替レートで単元株を購入するには、およそ335万円程度の資金が必要となる計算になる。私自身、BYDの株式を保有するにあたり、この高い単元価格ゆえに、その企業価値や製品力について徹底的に調べ上げることになった。その過程で強く感じたのは、「日本の自動車メーカーはBYDとの競争において苦戦を強いられ、市場シェアを奪われる可能性が高いのではないか」という危機感である。
この考察の根拠は、BYDの製品開発、特にそのユーザーインターフェース(UI)への注力にある。BYD車の顕著な特長の一つは、室内に備えられた大型のタッチパネルモニターだ。15インチを超える巨大なディスプレイは視覚的なインパクトがあるだけでなく、電動で縦横に回転するというユニークな機能を持つ。これにより、縦長フォーマットの動画コンテンツを全画面で視聴するなど、ユーザーの多様なニーズに応じた柔軟な使い方が可能となっている。さらに、このタッチパネルは単なる表示装置に留まらず、車両の様々な機能を統合的に操作できるインターフェースとして設計されている。アラウンドビューモニター(360°カメラ)の表示・操作、タイヤの空気圧・温度の確認、さらには細かな設定項目であるウィンカー音の変更に至るまで、多くの操作がこのタッチパネル上で完結するのだ。この徹底したタッチパネルへの機能集約は、現代のスマートフォンに慣れ親しんだユーザーにとって、直感的で利便性の高い操作体験を提供していると言える。BYDの設計思想には、従来の自動車メーカーが培ってきた「車そのものの性能を追求する」という視点に加え、ユーザーが車内で過ごす時間をいかに快適で豊かなものにするか、という「人間に徹底的に向き合う」姿勢が強く反映されていると感じる。
一方で、長年にわたり自動車開発の歴史を積み重ねてきた既存メーカーと比較すると、BYDの車両には改善の余地が指摘される点も存在する。特に、サスペンションの設定、トラクションコントロールシステムの洗練度、そして走行中の乗り心地のスムーズさといった、自動車の基本的な走行性能に関わる領域においては、「物足りない」「熟成不足」との評価が見られるのも事実である。これは、老舗メーカーが長年かけて磨き上げてきた、いわば「車の本質」とも言える部分であり、BYDがこれから追い上げていくべき領域だろう。
しかし、これらの「車としての物足りなさ」と、前述の「ユーザーインターフェースの利便性」を天秤にかけたとき、多くの現代の顧客は後者に価値を見出す傾向にあるのではないだろうか。日常的な移動手段として車を利用する大多数のユーザーにとって、サーキット走行で真価を発揮するような極限まで突き詰められたサスペンション性能よりも、快適な室内空間でエンターテイメントを楽しんだり、車両設定を簡単に変更したりできる操作性の方が、日々の満足度に直結しやすい。BYDは、まさにこの「顧客が日常的に享受する価値」の最大化に焦点を当てていると言える。
対照的に、日本の自動車エンジニアはこれまで「車と真摯に向き合い」、機械としての完成度を高めることに情熱を注いできたと言われる。その結果、高品質で壊れにくい車を生み出してきたことは紛れもない事実である。しかし、その一方で「人に向き合う」、すなわちユーザーが直感的に、安全に操作できるUI/UXの設計という点においては、後手に回った側面があるのではないか。操作系が複雑であったり、直感的でなかったりすることが、ユーザーの誤操作を招く可能性も指摘されており、残念ながら「プリウスミサイル」といった、特定の車種の操作性に関連付けられる不名誉な言葉が生まれてしまった一因も、こうしたUI/UX設計の課題にあったとも言われている。BYDのタッチパネルを中心としたユーザーフレンドリーな設計思想は、この日本の自動車産業の弱点を的確についていると言える。
さらに、BYDの将来性についても期待が持てる要素が多い。特に、自動車開発において重要度を増しているソフトウェア領域、そしてそれを支えるAI技術において、BYDの母国である中国は国策として官民一体での急速な発展を遂げている。この技術的蓄積は、自動運転技術の進化に直結するだけでなく、車載インフォテインメントシステムのさらなる高度化、そして車両制御ソフトウェアの最適化による走行性能の向上にも寄与するだろう。現在指摘されている乗り心地の問題も、技術の進歩、特にソフトウェアによる制御の進化によって、今後着実に改善されていく可能性は高い。
このように、BYDの車は従来の自動車の価値観とは異なるアプローチで、現代のユーザーが求める利便性や先進性を追求している。一時的な物足りなさが指摘される点はあるものの、その核となるユーザーインターフェースの優位性と、将来的な技術発展の可能性を考慮すれば、今後も世界の自動車市場においてBYDがシェアを拡大していくという予測は現実的である。日本の自動車メーカーは、単にハードウェアの性能を追求するだけでなく、BYDが提示するような「人を中心とした」UI/UXデザインの重要性を再認識し、迅速に対応していくことが求められている。そうでなければ、競争の波に乗り遅れるリスクは増大する一方だろう。
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