太宰治の「ヴィヨンの妻」「斜陽」「人間失格」はいずれも不幸な人を描写した小説作品。晩年の太宰治によって、この順番に公開された。特徴をよく表す文章を抽出してみたところ、太宰治の表現技法の変化に気付いた。
抽出方法
これらの作品の文をBERTという人工知能モデルによって文章ベクトルに変換し、ロジスティック回帰モデルに渡し、各文の「ヴィヨンの妻っぽさ」「斜陽っぽさ」「人間失格っぽさ」を計算してみた。
技術的な詳細は省略する。特徴をよく表している文章を、作品っぽさが強い順に並べて眺めると、後述の通りになる。
所感
結果を眺めてみて、太宰治が、不幸というテーマを様々な角度から描写していることに気付いた。
ヴィヨンの妻の不幸は夫が原因で、斜陽は時代や社会が原因、そして人間失格は自分自身の心の弱さが原因と言える。不幸という1つのテーマを異なる切り口で描く過程を通して、解像度を高め、描写技法が洗練された様子が見て取れる。
文字にするとトリビアルだが、作家のテーマへの取り組み姿勢が垣間見えた。数学者のガウスが代数学の基本定理に複数の異なる証明を与えたのにもどこか似ている。
また、言語モデルが作風の特徴を読み解く視野を提供できる点にも興味を覚えた。
抽出した文章
ヴィヨンの妻っぽい文章
と客のひとりが、からかいますと、ご亭主はまじめに、 |
私は奥で揚物をしているご亭主のところへ行き、 |
その夜は、それから矢島さんたちは紙の闇取引の商談などして、お帰りになったのは十時すぎで、私も今夜は雨も降るし、夫もあらわれそうもございませんでしたので、お客さんがまだひとり残っておりましたけれども、そろそろ帰り支度をはじめて、奥の六畳の隅に寝ている坊やを抱き上げて脊負い、 |
「ええ、だから、それだから、あの私は、おや? お客さんですわよ。いらっしゃいまし」と私は、店へはいって来た三人連れの職人ふうのお客に向って笑いかけ、それから小声で、「おばさん、すみません。エプロンを貸して下さいな」 |
と言い、それから改めてお二人に御挨拶を申しました。 |
「や、ありがとう」といつになく優しい返事をいたしまして、「坊やはどうです。熱は、まだありますか?」とたずねます。 |
「ゆすりだ」と夫は、威たけ高に言うのですが、その声は震えていました。「恐喝だ。帰れ! 文句があるなら、あした聞く」 |
ともうひとりの客は、げびた洒落を言いました。 |
と客のひとりが言いました。 |
ご亭主は土間のお客を一わたりざっと見廻し、それから真っ直ぐに夫のいるテーブルに歩み寄って、その綺麗な奥さんと何か二言、三言話を交して、それから三人そろって店から出て行きました。 |
斜陽っぽい文章
とお詫びを申し上げた。 |
お母さまは、きょうは、とてもお元気。 |
とおかみさんは、落ちついて言う。 |
と、とてもお優しくお呼びになった。 |
お母さまは、急にお泣きになって、 |
とおかみさんはすすめる。 |
私は、もはや涙ぐんでおたずねした。 |
とお母さまは、小声でおっしゃった。 |
上原さん。 |
と、お母さまは、また、しずかにおっしゃる。 |
人間失格っぽい文章
ゆくてを塞ぐ邪魔な石を |
高円寺のアパートを捨て、京橋のスタンド・バアのマダムに、 |
そこで考え出したのは、道化でした。 |
ヘッ 空しき夢を ありもしない幻を |
自分は、いよいよつけ込み、 |
堀木と自分。 |
自の作りし大それた罪に怯え |
そうして翌る日、自分は、やはり昼から飲みました。 |
祟りなんて思うこと止めてくれ |
自分の左肺に故障のあるのを、その病院で発見せられ、これがたいへん自分に好都合な事になり、やがて自分が自殺幇助罪という罪名で病院から警察に連れて行かれましたが、警察では、自分を病人あつかいにしてくれて、特に保護室に収容しました。 |
文章全文
太宰治 ヴィヨンの妻
太宰治 斜陽
太宰治 人間失格
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