東日本大震災(2011年)前後の日経平均株価チャート

東日本大震災は、2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震と、それに起因する津波被害、福島第一原子力発電所のメルトダウンによる放射能汚染等を総称する大規模災害。この震災前後の日経平均株価チャートを作成した。地震をはじめとする大規模災害は株価下落要因だ。震災後に日経平均株価は急落し、地震前の3月10日と比べ、3営業日で2,361.87円安(22.3%安)になった。

東日本大震災の概要

地震は2011年(平成23年)3月11日午後2時46分に発生した。この地震を東北地方太平洋沖地震と呼ぶ。東北地方太平洋沖地震はマグニチュード9.0、最大震度7(宮城県栗原市)を記録し、観測史上最大の地震になった。

太平洋海底で発生した地震は、海水を押し上げる事で津波を引き起こした。津波は波高10mを超え、最大遡上高40.1mを記録する巨大津波となった。震災による死者の90%以上は、この津波による水死である。

この津波は東京電力福島第一原子力発電所を水没させた。その結果、電源喪失によりコントロールを失った原子力発電所はメルトダウンし、きのこ雲の発生を伴う大爆発をした。放射能汚染は広範囲に及んだ。

震災直後の日経平均株価チャート

震災の発生を受けて、日経平均株価は大きく下落した。

地震当日の2011年3月11日は、日経平均株価は10,298.64円で始まり、高値10,378.55を付けていた。その後2時46分の地震を受け売り優勢となり株価は下落、10,254.43円の安値引けとなった。前日比179.95円安(-1.72%)になる。

土日を挟み、地震と津波の被害が明らかになってきた。これを受け、翌営業日の2011年3月14日(月)は、前日比で210.26円安の水準である10,044.17円から始まった。その後、福島第一原子力発電所の3号機がキノコ雲の発生を伴う大爆発をした。これを受け、日経平均株価は下げ幅を拡大、9,620.49円で引けた。前日比で633.94円安(-6.18%)の暴落になった。

更に翌3月15日(火)には福島第一原子力発電所の4号機が爆発・炎上し、放射能汚染が広範囲に拡大した。この日に東京都新宿区でも放射性物質の飛来が観測された。これを受け日経平均株価は下げ幅を拡大し、安値8,227.63円をつけた。なお、この安値は、震災前3月10日終値と比べ、2,361.87円安(22.3%安)に相当する。わずか3営業日で日経平均株価はここまで急落した。地震をはじめとする大規模災害は株価下落要因だ。

3月16日(水)以降は、パニック売りが落ち着き、日経平均株価は上昇基調となった。世界的な金融危機のリーマン・ショックと違い、地震は被害が局所的であるため、下げ止まるのは早い。

震災前後の経済動向

東日本大震災の前の日経平均株価は堅調だった。2010年欧州ソブリン危機は、危機状態を脱しつつあり、世界経済は回復基調となっていた。上記のチャートでも、震災直前の株価は上昇基調であった事が分かる。

東日本大震災の発生により、株価のトレンドは急変した。

東日本大震災は産業のサプライチェーンを分断し、日本経済に大きな悪影響を与えた。東北地方でしか作成されていなかった部品の供給が滞り、自動車メーカーを中心とする複雑な製品を作成する製造業者は生産能力を失い、業績を悪化させた。

複雑な製品の中には、東北地方でしか作成されず、代替が効かない部品が含まれる可能性が高かった。もちろんメーカー側は事前にリスク分散に気を遣っていた。ところが、3次下請け、4次下請けなどの下流において、共通部品が利用されており、リスク分散が効果を失っていた事が発覚した。

震災の影響は広範囲かつ長期におよんだ。その結果、震災前までの景気の回復基調と明るい経済展望は一転してしまった。そして、日経平均株価は震災前日の10,500円には届かなくなった。

震災後の日本株の株価下落に、米国債ショックが追い打ちをかけた。2011年8月5日にS&Pが米国債の格付けをAAAからAA+に格下げをした。これによりソブリン債の信頼性が揺らぎ、金融不安から世界各国の株価指数は下落した。

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