イラク戦争(2003年)開戦前後の日経平均株価チャート

イラク戦争は、アメリカ合衆国が主体のイラクへの侵攻で、2003年3月20日に開戦した。開戦前後の日経平均株価チャートを確認する。開戦前、戦争が世界経済の停滞を招く懸念から株は売られ、株価は下落していた。開戦後は一旦、悪材料出尽くしの買いが入り、日経平均株価は上昇した。

イラク戦争について

概要

イラク戦争は、アメリカ合衆国主体のイラクへの侵攻で、2003年3月20日に開戦した。

2003年3月20日から5月1日まで、サダム・フセイン政権が国連による大量破壊兵器の査察に非協力的だという理由から、国連安保理の明確な決議のないまま、米国が英国と強行した戦争。米英軍は約15万人の兵力(うち英国軍は1万数千人)を投入し、「イラクの自由作戦」を展開した。

イラク戦争(コトバンク:知恵蔵の解説より抜粋)

空爆開始日と開戦日

開戦日は2003年3月20日と決められているが、実際には2003年3月17日にイラクへの空爆が開始されていた。空爆開始日と開戦日とのずれは「開戦に関する条約」によるもの。詳細は下記の通り。

アメリカ側の攻撃が行われたのは17日ですが、17日の空爆の後にブッシュ大統領がフセイン政権側に48時間以内にフセイン大統領一家のイラク国外退去を命じた最後通牒を行い、イラク側がこれを受け入れなかったことで2日後の19日(米東部標準時)米英両国が作戦を開始しました。

開戦に関する条約には開戦に先立ち宣戦布告または条件付き宣戦布告を記した最後通牒を相手国に通告しなければならないと表記されているのでイラク戦争は最後通牒に記された日付からの開戦となり開戦日時は3月20日となります。

イラク戦争の開戦日が2003年3月20日なのは、なぜですか?(Yahoo!知恵袋)

イラク戦争前後の日経平均株価チャート

下図は開戦前後の日経平均株価チャート。

開戦前の状況

開戦前、株は売られ、株価は下落していた。

かつて2000年のインターネットバブルの時期に、日経平均株価は2万円台に乗っていたが、イラク戦争開戦前はバブル崩壊後の株価下落基調が止まらぬまま、日経平均株価は8,000円を割る状態だった。イラク戦争開戦前は、戦争が始まれば米国経済そして世界経済へ悪影響があるとの考えから、株は更なる売りを浴び、日経平均株価は2003年3月17日(月)の終値で7,871.64円まで下げていた。

開戦後の状況

開戦後は一旦、悪材料出尽くしの買いが入り、日経平均株価は上昇した。2003年3月20日(木)、3月24日(月)と2日営業日連続して、窓を開けての上昇となった。3月24日(月)に日経平均株価は終値で8,435.07円をつけ、3月17日(月)の終値と比べて7.1%高い水準まで株は買われた。

その後、日経平均株価は再びじりじりと下げたものの、ソニーショック(2003年4月25日)を境にして一転、それ以降は大きく上昇した。この景気拡大局面は「いざなみ景気」として知られている。いざなみ景気はリーマン・ショックが起こる2008年までの長い期間継続した景気拡大期。

関連:イラク戦争前後の為替・株

為替は一旦、ドル高・円安へ

イラク戦争開戦で、為替は一旦ドル高・円安へ振れた。

イラク侵攻前日の2003年3月19日の為替レートは1ドル120.43円だったが、イラク侵攻開始後に米ドルが買われドル高が進行、3月21日には1ドル121.87円をつける場面もあった。開戦は既に為替相場に織り込み済みであったため、材料出尽くしのドル買が入ったと言える。ただし、ドル高は長くは続かなかった。暫くレンジ相場となった後、2003年9月20日のドバイG7共同声明によって、大きくドル安・円高へ振れる事になった。

ダウ平均株価は上昇へ

軍事産業が盛んな米国では、この侵略戦争によって経済活動が活発になり、ダウ平均株価は上昇を始めた。

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