
デュポン分解は、企業の収益性を示す指標であるROE(自己資本利益率)を、以下の3つの要素に分解して分析する手法である。
ROE = (純利益÷売上高) × (売上高÷総資産) × (総資産÷自己資本)
これはそれぞれ、利益率(売上高純利益率)、回転率(総資産回転率)、レバレッジ(財務レバレッジ)に対応する。この式変形自体は数学的な操作に過ぎないが、デュポン分解の分析を深める上で重要な知見がある。
それは、長期的には多くの企業のROEが一定水準に収斂する傾向があるという点である。ROEが高い、すなわち収益性の高いビジネスには新規参入が増加して競争が激化し、収益性が低下するためROEは低下する。逆にROEが低いビジネスからは企業が撤退し、競争が緩和されることでROEが上昇するため、結果としてROEは平均的な水準に落ち着くと考えられる。
このROEの収斂傾向を踏まえてデュポン分解を用いると、企業がどの要素で収益性を確保しているか、あるいはどの要素に制約があるのかが明らかになり、そのビジネス特性を深く理解することができる。
例えば、利益率を高く設定できるのは、原価がかかりにくいソフトウェア企業(例:マイクロソフト)や、巨額の設備投資によって新規参入を困難にしている企業(例:TSMC)などである。これらの企業は、大規模な投資が必要となる場合もあるため、総資産回転率が相対的に低くなる傾向がある。また、保有資産の担保価値が限定的で、景気変動時の貸し剥がしリスクも考慮されやすいため、財務レバレッジをかけにくい側面がある。
一方、回転率を高くできるのは小売業などである。これらの業種は商品の回転を早くすることで売上を上げるが、一般的に薄利多売のビジネスモデルであるため、利益率は低くなる傾向がある。また、在庫など担保価値が限定的な資産構成であるため、財務レバレッジをかけにくい。
高い財務レバレッジをかけやすいのは、銀行業や不動産業である。これらの業種は、金融資産や不動産を担保に資金調達が容易であるため、総資産を自己資本の何倍にも膨らませて事業を展開できる。しかし、銀行が行う債券投資は利ざやが薄く、不動産業は開発から販売・引き渡しまで長期間を要するため、総資産回転率は極めて低くなる(食品小売業など商品回転率の高い業種と比較すると、その差は顕著である)。
このように、デュポン分解は単なる財務指標の分解に留まらず、ROEの収斂という市場原理を踏まえることで、それぞれの企業や産業が持つ構造的な強みや制約、そしてビジネスモデルの特性を浮き彫りにする有効な分析ツールであると言える。
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